後日談

 「ところで、当麻、あの絵の大天使はどうしてあんなに隅に描かれているのだ?」
「ああ、あれはもともとキリストの受胎告知の絵にするつもりだったんだ。」
当麻は新聞を置いて、征士の入れた紅茶を飲んだ。
「でも、メインのマリア様とかを描く前にタイムアウトってわけ。」
つまり、もともとは大天使ガブリエルのつもりだったらしい。
「だが、次の展覧会には出品するのだろう?」
少しだけ征士が残念そうだ。当麻が絵に没頭すると、自分をかまってくれなくなるからだ。 それに、あの絵を誰にも見せたくなかった。
「そう。イヤ?」
当麻は意地悪く笑う。こちらは大天使ではなく、悪魔のようだ。
「イヤだ。」
「じゃあ、また一から別の絵を描き直しだな。残念だな。俺また篭もるから、よろしく。」
悪魔だ。征士は大天使なので口にはしなかった。
「描きたい絵が一杯あるんだ。」
何といっても、この大天使と一緒にいるといくらでもアイディアが浮かんでしまう。困った征士に 当麻は整った顔を向けた。
「見せたい相手がいるからな。」
当麻は自分だけのサラ・ベルナールを抱き締めた。薄い肩に征士は顎を乗せた。
「ずっと不安だった。」
耐えるように喋ると、征士の下顎が、自分の肩の上でカタカタ動いて面白い。
「バカだな。」
「あんなに突き放しておいて、よく言えるな。」
恨めしそうに征士は頭を横に向けた。
「俺だって辛かったんだ。お互い様だろ。」
当麻も自分の頭を征士の肩に乗せた。
 「当麻、あの絵にタイトルはないのか?」
征士は、当麻が自分の髪を触るのに眼を細めて、尋ねた。
「Untitled。見てくれる人にお任せするよ。」
「今、使ったら、もう二度とその手は使えなくなるぞ。」
「いいの、俺、懲りないから。」
「また使うつもりか。」
「じゃ、番号にしようか。それとも日付?」
情緒のない発言再びである。
「日付の方が憶えやすいと思うぞ。」
「征士なら何て名前つける?」
「Sympathy For The Devil。」
「ストーンズか。さしずめ、『悪魔を憐れむ歌』ならぬ『悪魔を憐れむ絵』だな。」
二人は声を上げて笑った。
「献辞は?」
征士がバカ笑いをするのは珍しい。
「勿論『めけめけさんへ 御来場ありがとうございます。またいらして下さい』だろうな。」
クソまじめに答える当麻に、笑いながら征士は「夕飯の支度をしてくる。」と離れた。
 一人で居間に残された当麻は幸せな溜息を吐いた。
 すぐに台所からみりんと醤油の匂いがしてきた。今日の献立はなんだろう。


 当麻は既に内心、副題を決めてある。それは勿論『和食の好きな大天使』である。




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