コメント:ブラックまきのん@かをる様の素晴らしい作品(^▽^)
めけめけの誕生日に頂きました!ありがとうございます、かをるさん!
めけめけの駄文をつけさせて頂きました↓
バスタイム
今日、市場で買いものをした。
普段なら入らないようなその奴隷市場の一角に迷い込んだのはほんの偶然。
そして、くすんだ色のテントの中にその色を見つけたのも偶然。
泥を塗りたくったような姿に、その瞳の色だけが鮮やかで目を奪われた。
「これはいくらだ?」
私の問いかけに店主はにやりと笑った。
「・・・・・・お目が高いね。」
あんまり売りたくなさそうに、それを自分の陰に隠す。
これも一つの商売の手口なのだろう、そう思いつつ目の前から隠れるその色を目で追う。
「この子は頭もいいし、見た目も極上だ。実は血筋もいいんだよ。それに・・・・・・」
店主はべらべらと話し続けるが、私はほとんど聞かずにその背後を見る。
店主に捕まれた手首が折れそうに細い。
ちゃんと食べさせているのだろうか?
店主のおしゃべりが続く間も、その手はぴくりとも動かない。
「あっちも最高さ。」
瞬間、捕まれたその手が動く。
ぎゅっと白くなるほど握りしめられた拳。
爪が手のひらに食い込むほど強く。
そしてそれは一度小さく震えた後、だらりと力が抜けた。
あとは、先ほどまでと同じ。ぴくりとも動かない。
途端に、胸が痛んだ。
「これで足りなければダテの屋敷まで取りに来い。」
私はその時持っていた財布をそのまま店主に投げてやると、それに手を伸ばした。
とにかく早いところ、それをここから連れ出したかった。
しかし、触れる直前にそれは私の手からするりと逃げた。
「こ、こんなに・・・・・・いや、どうぞどうぞ、お持ち帰りください。」
財布の中身を見ると、店主は途端に満面の笑みを浮かべた。
自分の後ろにいるそれを私の前へと押し出す。
つんのめるように押し出されたそれが、私を見た。
その瞳に浮かんだ一瞬の殺意。
色が、その希有な蒼い色が濃くなる。
「ついて来い。」
私の言葉に、それは瞳を伏せる。
それは了承の証らしいが、瞳の色が見えなくなって嫌な気がした。
「・・・・・・よくよく汚いな。」
私が屋敷に帰ってまずしたことは、それを風呂に入れること。
自分で入れると言った私を、使用人達が止めたが、そんなことは気にしない。
排水溝へと流れていく泥色の水に、私は苦笑した。
「・・・・・・わざとだから。」
終始無言だったそれが口を聞いたのは初めてで、そのアルトの掠れたような声は耳に心地よい。
わずかに私の胸の鼓動が早くなったような気がするのは気のせいか。
「わざと、汚していたのか?」
「汚きゃ、ヤる気なくすだろ?」
泥の落ちたそれは、店主の言ったとおり極上に分類されるだろう容姿をしている。
陽に焼けることを知らないような白い肌に、整った顔立ち、すらりと伸びた手足。
すすけた髪は、洗ってやればその元の色を取り戻した。
瞳と同じ、蒼い色。
「ま、無駄な努力だったけど。」
それが初めて表情を動かした。
終始無表情だったそれの唇が僅かにゆがんで、笑みのようなものをつくる。
どこか、諦めたような笑み。
はりついた笑いは、無表情よりずっと遠くて、焦燥感のようなものを感じる。
「・・・・・・無駄な努力とは?」
遠いそれに触れる。
水を使っていたせいか、その肌が冷たかった。
湯を使えばよかったと後悔する。
バスタブの中で立ったままのそれを、座らせる。
バスタブに湯を張るために蛇口をひねる。
「あんたもヤるんだろ。」
それは疑問形でなく、確認のような言い方。
しかし、その一瞬瞳に浮かんだ怯えに気づき、私の中で暖かいものが湧く。
「これ」は怯えているだけなのだ。
その手を優しくとる。
このままその甲に口づけしたいが、そうすればもっと怯えさせてしまうから今はやめておく。
「お前が望むならば。望まないのなら何もしない。」
笑って言ってやれば、びっくりしたように目を見開いた。
初めて見たその素の表情は思いの外幼くて。
じっと私を見つめてくるのに、もっといろんな表情を見たいと切に思う。
「・・・・・・・信じられるかよ。」
長い沈黙の後、顔をそらすと無表情に呟く。
しかし、湯に暖められたせいだけでなく、その頬にほのかに朱がさしている。
近いうちに「これ」が自分のものになるだろうことを確信して、私は笑った。