お兄ちゃんの使命
Cuty Brothers

 「しーんー」

 ほにゃっとした声と共に、青い頭が覗いた。
 同じ研究室の院生と話していた伸は顔を上げて、入ってきた人物を確認すると、す、と椅子を指す。当麻は示された場所には落ち着かず、勝手知ったる院生室の食器棚から青いカップを出すと電気を入れっぱなしのコーヒーメーカーからコーヒーを注ぐ。

 「あの、お邪魔ですか」

 マスターコースの院生は心配そうに言う。

 「ああ、いいんだよ、こいつは。それで?潮流については?温度も入力可能だよね?」

 当麻の方をちらちら見ながら、お構いなしの伸に対して回答する院生は、どうも落ち着かないようだ。伸は度々当麻の訪問を受けているから、今日も何かの施設を借りたついでに立ち寄ったのだろうと見当をつける。

 「まあいいや、後は僕が確認しておくよ。春休みなんだし、明日から実家へ帰るんだろう?」
 「ええまあ、そうなんです・・・けど」

 どうも歯切れが悪い。院生はつと、当麻の方を向いた。

 「あの、お久しぶりです、羽柴先生。昨年の特別講義、拝聴しました。」

 嬉しそうである。こりゃ当麻のファンだな、と伸は思った。学内には結構彼のファンがいる。明晰な頭脳は有名すぎるくらいだったし、時折行われる特別講義は面白いと評判で、立ち見が出る位だった。単位とは無関係なのに、である。学部を超えての聴講もあるくらいだ。

 「あ、そう?去年のって、駒場の方だった気がするけど・・・」
 「行きました。他の講義はありませんでしたし」
 「ああ、修士課程だっけ?わざわざ聴きに来て貰うほどのモンでもないけどね・・・専攻も違うだろう?」
 「面白かったです!カエサルのガリア遠征を戦略・軍備・気候・地形などの条件を元に現代戦争と照らし合わせる・・・ライフワークだっておっしゃってましたけど、他にもシュミレーションなさってるんですか?」

  瞳を輝かせて話す院生と当麻の話はひとしきり続いた。30分くらい話したろうか、院生は名残惜しそうにお邪魔しました、と出ていった。

 「人気あるねえ、羽柴先生」

 伸がからかうと、当麻は困ったように笑う。

 「伸のお陰だよな」

 何、と伸が胡散臭そうに当麻を見るが、からかっているわけでもないらしい。

 「俺に教え方を教えてくれたのは伸だからな。伸、わからないことがあると必ず俺に聞いただろ。俺が問題解いて見せてもそんなんじゃわからない、とかってさあ。かなーりワガママな生徒だったよなー」

 懐かしそうに当麻の目が泳ぐ。柳生邸で一緒に暮らしていた最初の頃、当麻は酷く取っつきにくい人間だった。何かというと1人でいたがり、集団生活だの協調性だのと言ったものは彼の辞書には無いようだった。
 純が、智将、という彼の役割から彼を教師に選んで、宿題を教えて貰おうと彼に尋ねた時も、当麻は「こんなの学校でちゃんと授業を聞いていればわかるだろう」と素っ気なく言うだけで、結局は伸が教えてやったことがあった。
 言い方がキツく思えたこともあって後で問いただしてみると、彼はどうもわからない、ということがわからないらしい。伸は絶句してしまった。そもそも当時の彼は既に博士号も幾つか取っていたし、日本の学校など何故通っているのかわからないくらいだった。
 問題を見ると答えがわかるんだ、と彼は言った。だから伸は過程を示すことが重要なんだと教えた。僕たちはその過程を追わないと理解できないのだと。そうすると彼は面倒だな、と言いながらも納得したようだった。彼の周りにいた研究者も一流と呼ばれる人が多かったから、質問をするにしろされるにしろ一般のそれとはちょっと違うらしかった。

 「でも、当麻も飲み込み早かったよ。僕怖かったもん」

 伸も懐かしそうな声を出すと、当麻がきょと、とした顔をした。滅多に見せない、久しぶりの子供じみた顔。

 「説明の仕方もすぐ的確に、わかりやすくなったしね。そのうち僕の顔とか声とかから、理解してるかどうか判断できるようになったでしょう。わかってないと、もっと細かく説明してくれる。僕は心の中まで見透かされてるみたいで怖かったね」

 なるべくおどけて言うと当麻はきまりが悪そうに、同じことを言われたことがある、と言った。

 「やっぱりねえ。いつ?」
 「8歳のとき。フランスの心理学を研究してる教授だった」

 伸は絶句してしまう。こういうとき、彼は自分達とは違う世界に生きているような錯覚を起こす。でもそれは間違い。

 「なーるほどー、それがトラウマになって人に教えたりするのが嫌になってたのか」

 伸が笑いかけてやると、当麻はううん、とかいう音を出して首を傾け、笑いかえした。
 今はわかっている。彼は自分と同じ人間。同じ位置にいて、わかり合える場所で歩いている。

 「大学受験の時だってさ、当麻が専属家庭教師してくれてたら一発で合格してただろうになー」

 当麻は笑っている。

 「でもさ、考えてみると君たちってインテリ夫婦なんじゃないの?征士もハーバード、一発だったでしょう」

 伸が言うと当麻は意味ありげに笑った。いつものにやり、だった。

 「あ!愛の力、とか思ってるでしょう!?」
 「伸、この休みは実家へ帰らないのか」

 笑ったままで当麻が話頭を変える。

 「ううーん、母さんが亡くなってから、僕の居場所はないからなあ」

 病弱だった伸の母は昨年亡くなった。萩焼の窯元である伸の実家は、姉と結婚して養子に入った内弟子が継いでいる。伸は自由を得た代わりに帰ることのできる場所を失ったのだ。

 「じゃあ14日もいるよな?うちに来ないか?」

 伸はすぐにぴんときた。カワイイ弟たちめ。

 「折角の誕生日にアテられに行くのもなあー」
 「なんだよーそれー。秀たちも来るって。遼もいつものように、帰ってくるってさ。うちに泊まるから、伸も泊まるといい。久しぶりに、じっくり飲もうぜ」

 当麻はざるだ。征士もだ。こんなやつにつきあってたら死んでしまう。それでも生返事をしてみせて、勿体ぶっていると当麻がにやっと笑った。

 「どうせ、彼女もいないんだろ?研究三昧もほどほどにしておいたほうがいいぜ」

 一言多いんだよ、と青い頭を小突きながら、全く、世の中は不公平だと愚痴りたくなる。

 「わかった、行くよ」
 「ん、待ってるから。」
 「遼に会いにね!」

 伸の言葉に、当麻が声を立てて笑った。お兄ちゃんは弟たちの笑顔があれば幸せです、と伸は思う。
 とりあえず、今は。


終劇


<お礼の言葉>
Itsukiさん、お忙しいなかありがとうございます~
しかもこんな優しいお兄ちゃんの毛利さんを・・・きっとうちの大明神も喜んでるでしょう。
いっこしか違わないけどきっとずーっと伸はみんなのお兄さんですよね。
遠くにいてもいつもみんなのこと気にかけてそう(笑)
そして当麻の言葉の端々から伺える征士と当麻のらぶらぶっぷりが・・・・
たまりません(≧▽≦)b

結局僕のことはどうでもいいんじゃないの(苦笑)?<大明神こと毛利伸さま

滅相もございません(^-^A)

 

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