「伸君はいいね。やりたいことが何でもできるから。」
 「お兄ちゃんだって、好きなことやってるじゃない。」

 伸がそう言って見上げると、一回り年上の親戚は夕日の中で、綺麗に微笑んだ。毛利の血を引いているせいか、目を細めると、垂れ気味の目尻が余計に垂れて見えた。
 今思えば、少し当麻に似たところがあるかもしれない。実際はそれほどでもないだろうが、子供からすると背の高い印象も強かった。

 「違うの?」
 「ああ、そのとおりさ。俺は好きなことをやってる。今日は伸君にお別れしに来たんだ。」

 伸は、彼が青年海外協力隊で、アフリカに行くことを知っていた。それよりも前に、当時まだ生きていた伸の母親に、彼は、自分の両親の説得を頼みに来たことがあったからだ。

 「萩の海ともしばらくお別れだな。」

 彼の視線は、もうずっと遠くを見詰めていて、既に海とも、自分ともお別れし終えた者の横顔をしていた。

 そして、そのお別れは、永遠のお別れになってしまった。

 享年23歳。夭折とは、彼のことをいうのだろう。小学生だった自分には、彼の言葉がどういう意味なのか、ぴんとこなかった。そのあと、伸は死と隣り合わせの毎日を強いられるはめになって、彼の言った意味を痛感した。
 いつ死ぬかもしれないんだから、自分のやりたいことをするべきだ。
 好きなことをして死ねた、あの親戚はきっと本望だったに違いない。
 そういうわけで、伸はやりたいことをして生きることに決めた。

 

 ――とは言ったものの………。

 懐かしい夢を見たと思ったら、しっかり寝坊だった。
 伸は、慌てて飛び起きて、アイロンのかかっていないワイシャツに袖を通し、ネクタイをスーツのポケットに入れて、アパートを飛び出した。当麻のことあんまり強く言えないなと苦笑する。

 「おはようございます!」
 「おー、お前が走ってくるなんて、珍しいな、毛利。」
 「寝坊しちゃって…。」
 「4月からは新入社員が来るんだぞ、大丈夫か?」
 「すいませーん。」

 手櫛で頭髪を軽く整えてデスクに向かう。パソコンの電源を入れて、メールをチェックして、課の女の子が出してくれたコーヒーにお礼と伸スマイルを振りまいて、その日の予定をチェックして。

 ――午前中は今度売り出す新人歌手に会うんだな。

 伸の勤務先は、大手といわれる出版社だ。どうしても文学にかかわる仕事がしたくて入社したものの、業務内容はまったくの事務職だ。それかライターのパシリ。回された部署が取り扱う雑誌も、芸能人のゴシップばかり。大卒の就職内定率が今年も低迷だとか、失業率が過去最高になったとかいうニュースを見ると、自分はまだ恵まれているのだからと割り切れることも、出先で一人で忙しく入ったファーストフードの店などで、高校生軍団や学生などに出くわすと、やるせなくなってしまう。

 ――あーあ、今月の14日で、遂にあの人より年上になるのか。

 こんなところで油を売っている場合ではないのに、伸はついついポテトをのろのろとつまんでしまう。外食って油が多くて体に良くないんだよね、と愚痴りながら、伸は腕時計を見た。

「戻りたくないなあ。」

 ポケットで携帯電話が振動した。見なくてもわかる。伸はゴミをまとめ、コートと鞄を腕にかけ、トレーを持って立ち上がった。伸が座ったていた席は、塾に行く前に腹ごしらえをしようとする小学生たちに、すぐ占拠されてしまう。

 ――今のうちに思い切り遊んでおかないと、後悔するぞ。

 伸の呟きは、まともな青春時代を送れなかった自分にそのまま返ってきた。

 ――別に、後悔なんかしてないさ。

 無意識のうちに歩調が早まっているのが、後悔の証になってしまっている。

 「えっ、秀、大学に行かないのかい?」
 「ああ。卒業したらすぐ店を継ぐんだ。」

 伸が部屋で、模試の申し込みを記入しているときのことだった。秀にも勧めると、進学はしないという。

 「すぐっていうか、まあ、しばらくは親戚筋の店で修行だけどな。」
 「そっか…。」

 遼も写真の専門学校に通うと言っていた。あの様子なら、日本を飛び出すのも時間の問題だ。征士は進学組だ。当麻は……

 ――ま、あいつは何でもできるもんな…。

 伸は結局、私立文系の大学に進むことにした。

 「毛利君、結局、昨日の子ね、ダメになったって。」 伸がオフィスに戻ると、女の先輩が待ち受けていた。
 「えーっ、珍しくしっかりした歌唱力のある子だったのに…。」
 「もう二十歳だったでしょう? デビューするには年とり過ぎだって。」

 青田刈りの進行もここまできたか。二十歳って僕より年下じゃないか。伸は思った。

 「本人もやる気だったのに。」
 「あの子はまだ若いからやり直しもきくわよ。」

 伸が肩を落とすと、先輩は真っ赤な唇で弱々しく笑った。

 「それからね。」
 「はい?」
 「編集長、辞めるらしいわ。」
 「はあ?」
 「独立するんだって。」
 「はーあ。この不況にいい気なもんだ。」
 「ほんとにね。」

 その日、伸が帰宅したのは、午前1時過ぎだった。伸はその語学力を活かして、海外の通信社とも頻繁に連絡をとるのだが、時差があるので、急用があるとどうしても夜遅くなってしまう。

 ――最近、飲みに連れてってくれないと思ったら…。

 編集長にしては若いその人の酔ったときの口癖は「必ず、この手で21世紀のヘミングウェイを世に送り出す。」であった。

 ――本当は、自分がヘミングウェイになりたかったんじゃないですか?

 「へーえ、伸は経済学部に進むのかあ。」

 ガムテープをもらいにきた当麻が間の抜けた声を出した。みんながバタバタと荷造りをしていた頃のことだった。ナスティが寂しそうな顔をしたけれど、かけてあげられる言葉もなかった。

 「君はアメリカだったっけ?」
 「うん。日本ではできないことなんだ。」

 そう言って、今ここにこうしていることさえ、じれったいとでもいうような顔をした。晴れ晴れとしていて、とても綺麗だった。
 萩の海で別れた、あの親戚の顔と重なる。
 伸がぼんやり見送ると、当麻は首だけ振り返った。

 「伸は、文学関係に進むのかと思ってた。」
 「僕のはただの趣味だよ。」
 「勿体ないのな。」

 当麻は少しだけ残念そうに笑った。あんまり強く言ってこないのは、当麻が伸の将来に関わってくるつもりがないからだ。失敗したって、当麻が面倒見てくれるわけでもない。
 結局、みんな一人一人、別々なんだ。

 「凡人は、好きなことだけやってたら食べていけないんだよ。」

 言っていて自分でも嫌になる。当麻は顔をしかめた。

 「それでも、俺は、伸の文章、好きだったよ。」

 まあ、俺が言ってもな、当麻はまた笑った。

 国文科に行けたらいいと思っていた。
でも、就職に有利だからと、周りの勧めもあって経済を専攻した。
 結局、完全に諦めることはできなくて、出版社なんかに就職した。
 煮えきれない自分が呪わしい限りである。

 「毛利君、お客さんが来てるよ。」

 また慌しい職場。貧乏ヒマなしとは言い得て妙だな、と伸が戻ってくると、声をかけられた。

 「あっちで待ってもらってるから。」
 「すみません。ありがとうございます。」

 誰だろう。伸は思ったが、心当たりのない訪問者や、突然の電話やメールは、大概、昔の仲間だったので、今回も残りの4人のうち誰だろうと考えた。

 「やあ、伸。」
 「遼か。久し振り。」
 「ちぇーっ、もっと驚けよなー。不意打ちで仕事場まで押しかけたってのに。」

 遼は口を尖らせる。

 「いつ、日本に戻ったんだい?」

 伸は遼の向かいのソファに座る。

 「今日だよ。さっき。」
 「連絡してくれれば、迎えに行ったのに。」
 「したよ。でも、いつも夜遅いみたいだったから。」

 しまった。ここ数日留守電のスイッチを入れてなかった。

 「ああ、そっか、遼はケータイの番号知らないんだ。」
 「みんな持ってるみたいだな。仕事場に来るのもどうかと思ったんだけど、今、東京に伸しかいないだろ。」
 「え? 征士は?」
 「ああ、あいつ今、仙台に帰ってるんだよ。何か、実家がゴタゴタしてるらしい。」
 「ふーん。」

 遼は知っていたのに、自分は知らなかったことに、何となく疎外感を覚える。

 「警察官はどこでもできるからなっつってた。」
 「征士みたいなキャリアって風当たりきつい御時世だからね〜。」
 「そうなのか?」
 「不祥事が相次いでね。で、日本にはいつまでいるんだい?」
 「次の仕事が見つかるまでさ。」
 「で、うちに転がり込みにきたってワケだね。」
 「そう。かまわないか?」
 「勿論。僕は今日も遅くなるから、先に戻っていてくれていいよ。」

 伸は家の鍵を渡した。

 「さーんきゅ。愛してるぜ、伸。」

 遼の口調に伸はどこか引っ掛かった。

 「どうした、伸?」
 「……何か、今の言い方、当麻に似てた。」
 「そうか? 俺って、あんなに偉そう?」

 そこで、すまなさそうな顔をする辺りが、記憶の中にいる遼のままだ。

 「そういう意味じゃないよ。」

 伸が笑うと、遼は太陽のように笑った。
 かつての親戚、そして、あの日の当麻と同じ笑顔だということに気がついた。
 ――ああ、遼は、自分で選んだ道を進んでいるんだね。
 疎外感は更に深まった。

 「えーっ! 秀がケッコン?」

 周りに頭を下げまくって早めの帰路につくも、結局午前様だった。それでも遼は起きて待っていてくれた。取敢えず、翌日出勤の予定はないから、今夜は心置きなく夜更かしできる。

 「そー。6月だってさ。」

 遼は伸がコンビニで買ってきたおつまみをビリッと開けた。

 「あと3ヶ月じゃないか。」

 着替えもそこそこに伸はグラスを出す。昼間のうちに遼が大量にビールを買っていた。

 「そうなんだよ。」
 「え? それじゃ、あいつまだ23てことか?」

 秀は9月生まれだから。

 「そーゆーことになるよな。何でも、今年から店を一つ任されるようになったらしいんだ。」

 高校卒業からだと5年経ったことになる。

 「相手の子、メチャクチャ可愛いぜ。伸もたまには顔を出せって言ってたよ。」
 「時間がなくてね。近いようで遠いよ。」

 電車で1時間。互いの家の玄関から玄関までなら、2時間みないといけない。

 「みたいだな。」

 遼は部屋を見渡した。伸の家だというのに、冷蔵庫には大したものが入っていない。

 「じゃ、もう自分の文章書いたりはしないんだ。」

 遼は大きな本棚を見た。

 「忙しいからね。」

 本当はそんなの言い訳だ。同世代の人間が次々と文壇にデビューしていくのを、いつもどんな気持ちで眺めているか。大して才能もないのに、ルックスがいいだけのキザ野郎と握手するときの気分。
 でも、そんな奴だって、下手は下手なりに、自分から出版社に原稿を送ったり、雑誌の賞に応募したりと、それなりの行動には出たのだ。一歩も踏み出せないで、愚痴ってばかりいる自分よりまだマシなのだ。

 ――やってもみないで、諦めるなんて、さ。


 「伸は?」
 「?」
 「伸は、仕事うまくいってんのか?」
 「いってるよ。お陰さまで忙しいんだ。」
 「疲れてるんじゃないか? もう寝る?」
 「そういう遼はどうなんだい? 今日……えっと、昨日帰国したばっかだろ?」
 「いや、夕方寝てたから大丈夫だよ。」
 「そう? 無理しなくていいよ。布団敷く?」

 伸はニッコリ笑って立ち上がる。

 「無理してんのは、お前だろ、伸。」
 「大丈夫だよ。缶貸して。」

 伸は台所に行こうとした。

 「あんまり大丈夫に見えないけど。」
 「大丈夫だって言ってるだろ!」

 思わず伸は遼に怒鳴ってしまった。

 「……あ…、ごめん……。やっぱり、疲れてるのかな……?」
 「かなって…、かなり疲れてるように見えるぜ。」
 「うーん、何か最近、当麻のことあんまり言えなくなってきちゃったみたいだ。」
 「それでもあいつは自分の好きなことやってるから、幸せだろうけど…」
 「僕だって、僕の仕事が好きだよ!」

 遼の言葉を遮って伸は強く言い返した。

 「………なら、いいんだけど…。」

 遼は俯いた。
 その仕種が、やけに伸にはむかついた。
 酔っていたのかもしれない。アルコールには強いと自負していたが、最近の疲れで回りが速くなっていたのかもしれない。

 「君ねえ、中途半端な心配は、ただの無神経な好奇心と同じなんだよ? そりゃ、今の仕事はいいことばっかじゃないさ。君みたいに昔からやりたかったことをやってるってわけでもない。だけどね、少しずつ責任のある仕事も任されるようになって、本当にやりがいがあるんだ。いつまでも君等みたいに学生気分じゃいられないんだよ! 好きなことだけやってられる人間なんてそんなにいるわけないだろ。」

 伸は捲くし立てた。

 「秀にだって、他の可能性があったかもしれないじゃないか。当麻が日本にいない間に、征士は仙台に帰りたくなかったはずだ。」

 征士が仙台に帰っている、というのは、伸にとっては本当に寝耳に水だった。征士が、将来何になりたかったのか、伸はよく知らない。でも、征士は、たとえ当麻が地球の裏側に行っても、ずっと待ち続けるものと勝手に考えていた。だからこそ、当麻は自分の好きなことを思う存分できるのだとも思っていた。ある意味、理想の二人だった。勝手な見解だなんて百も承知。それでも、裏切られた気分は拭えない。
 伸は自分の憤りを、外にぶつけようとしていた。

 「じゃあ、伸は、どうにかしようと、少しでも頑張ったことあるのかよ。自分のやりたいことを実現させようと努力したことあるのかよ。やってみたこともないくせに。」

 遼は、ボソッと、でも、責めるような口ぶりで、強く言った。

 「やってもみないでっていうのは、強者の理屈だよ、遼。どうしようもない人間だっているんだ。」

 伸は落ち着こうと、声を抑えながら、コップに残った、炭酸の抜けたビールをぐびっと飲んだ。

 「誰にでも、生まれ持った才能ってのがあるんだよ。努力じゃ勝てないこともあるんだ。写真なんかやってたら、君もわかるだろう?」
 「わかるよ。」

 遼はキッと伸を睨み付けた。

 「俺は、それこそ生まれ持った才能なんてなかったからな、ここまでくるのに随分かかったよ。今だってフリーっていや体裁いいかもしれないけど、結局はただのぷーだ。こうして昔の友達のとこに転がり込んでさ。」

 伸は「しまった」と本気で思った。

 「だから、わかるよ。いきなり高校生とかが賞を獲っちゃうことだってある。勝ち目なんかないだろ。でも、俺は諦めない。」

 遼の眼差しは真っ直ぐ過ぎる。まるで、当麻が放った矢のようだ。

 「才能があるかどうかなんて、あとになってみなきゃ、わかんないんだぜ? でも、俺は伸の書いた文章が好きだった。読んだ奴はみんな好きだって言っただろ? あの当麻まで誉めてたじゃないか。なのに、そうやって簡単に諦められるっていう方が、そういう方が、強者の理屈だと思う。」

 遼は本気で怒っていた。伸は人を怒らせることが滅多になかったので、硬直したままだった。どんなに怒られても、いつもケロッとしていた当麻の肝の据わり具合に今更ながら感心する。

 ――いや、当麻がケロッとしていられたのは、自分にだけは正直だったからだ。

 今の伸は、自分自身に対してすら、後ろめたい気分で一杯だ。そんな自分が遼みたいな純粋のカタマリに真っ直ぐ見られたら、竦んでしまうのも無理はない。
 伸はとても臆病になった自分が嫌になった。
 自分の臆病さ加減で、かけがえのない仲間を失うのも嫌だった。

 「……ごめん………。俺、言いすぎた。」

 バツが悪そうに遼はそっぽを向いた。

 「な、何謝ってるんだよ。」

 自分に非があると自覚したのに、遼の方が謝るので伸はうろたえる。

 「仕事が順調にいくようになって、ちょっと思い上がってるんだな、俺。伸が大学生の頃は、俺が散々愚痴こぼしてたのに。確かに、やりたいことだけじゃ、食ってけないもんな。」
エヘヘと笑い、遼は頭を掻きながら、目を伏せた。
 「いや、君が正しいんじゃないか。僕にも、頭ではわかっているんだけど、行動できなくて、遼に八つ当たりしただけだ。ごめん。」

 伸が素直に謝罪すると、遼はぽかんとこちらを見ている。無遠慮な視線に、伸は久し振りで戸惑う。

 「な……なんだよ……。」
 「いや…伸でも、八つ当たりなんてするんだ、と思って…。」
 「するよ。悪いかよ。」
 「わ、悪くない。……嬉しいよ。」
 「うれ、しい?」
 「だって、滅多に見られないもんな。」
 「嬉しいなら、毎日だって八つ当たりしてやるよ。そろそろ校了前だし、年度末だし、任されてる作家で、中々筆が進まない奴いるし、〆切にうるさい印刷屋いるし、寒い中歩き回って資料探しもするし、素人の書いたワケわかんない妄想読まされるし、安月給だし、ホモのライターに迫られるしで大変なんだ。1時間ごとに八つ当たりしてやってもいいぐらい。」
 「……………伸、……カルシウム摂れよ……。」

 ま、ま、飲みねえ、と遼は空になったグラスにビールを注いだ。「ん」と伸は重役のように頷いて飲んだ。残ったビールを缶ごと飲みながら遼は今までとは違う気分で伸を見た。

 「何、ニヤニヤ見てるんだ。」
 「いや、伸の誕生日には、みんなで集まれたらいいなあと思って。」
 「無理だろ、平日だし。」
 「少しでも俺に悪いと思ってくれてるんなら……」

 遼は伸の襟首を掴んだ。

 「遼?」
 「みんなに声かける前から『無理』とか言うなよな。」

 至近距離では、何も反論できない。

 「……ごめん…。」
 「謝るなよ。じゃあ、伸は征士と当麻に連絡してくれ。俺は秀とナスティにするから。」

 伸から離れて遼はテキパキと決める。

 「……え……、自分の誕生日だからって、僕が来てくれって連絡するのかい…?」

 それも征士と当麻に。

 「あ、そうか。伸は征士と当麻に会いたくないんだ。」

 遼は意地悪く笑った。以前はもっと善良だったのに。

 「君……変なとこだけ当麻に似てきたよ……。」
 「だって、伸はあの二人が好きだろう? 特に、当麻のことは気になるだろ?」
ああ、そうだ。遼という人間は、こういう人の心の奥までも見透かしてしまうんだ。だから当麻は苦手としていたけれど、でも、遼のもともとの人柄の良さに根負けしてしまった。
 「それに、当麻も、伸からの連絡を待っていると思うぜ。」
 「どうして?」
 「あんなに『伸ちゃん、腹減った〜』って懐いていたのに。」

 そうだった。
 伸は思い出した。そして伸は、自分の誕生日だというのに、誰よりもおいしそうに自分の料理を食べてくれた当麻のために、久し振りに台所に立って、腕をふるいたくなってきた。当麻だけではない。あの、春の風が吹き抜ける庭で、テーブルを出して、みんなでランチを食べよう。
 記憶が、堰を切って溢れ出す。でも、どれも形にならないものばかり。

 ――これだ……!


 「……伸…?」

 ぼんやりしてしまった伸に、遼が飲みすぎたのかと心配する。

 「何でもないよ。」

 伸はニッコリ笑った。

 「そうだ! 当麻はまだ日本に帰っていないんだろ? 電話してみようか?」

 当麻のいるところは、丁度昼下がりだ。

 「ああ、きっと喜ぶぞ。」

 遼が破顔をした。伸は「善は急げ」とばかりに、手帳をものすごいスピードでめくって、電話を手にした。

 「Hello! I'd like to call...」

 伸の口から流暢な英語が向こうのオペレーターに繰り出される。

 『……Hello?』

 眠そうな、凶悪な声が出てきた。伸と遼は顔を見合わせて笑う。

 「もしもし、当麻? 僕だよ、伸。」
 『伸?』
 「僕の誕生日には、勿論、会いに来てくれるんだろうね。」
 『誕生日って、すぐじゃないか。』
 「話したいことが、沢山あるんだ。」
 『……伸には敵わないな。わかったよ、14日までには帰るよ。』

 電話の向こうで当麻が苦笑しているのが目に浮かぶ。でも、あの自分のやりたいことを完遂するためには手段を選ばない当麻は、実は仲間のワガママだったら、イヤとはいえない弱点がある。

 いつか、会える仲間のために、感じたことを書き留めておこう。
 伸は、みんなに宛てて、ものすごく長い手紙を書き始めた。自分のこと、みんなに会ったときのこと、戦いの間のこと、別れてからのこと、書きたいことが沢山あって、止まらなかった。
 そして、今、どんなに再会したいと思っているか。

 桜の咲く頃には、みんな小田原に集まろう。当麻がアメリカから来るとなれば、仙台の征士だって集まるのは必至だ。
 これは、儀式だ。
 みんなで過ごした、あの時間が、架空のものではなかったということを裏付ける、大事な儀式。

 ――書きたいことが沢山あるよ……!

 

 伸の脳裏に萩の海が蘇る。
 やりたいことは、何でもできるから。

 

END

 

<お礼の言葉>
ハセさん、またもや素晴らしい作品ありがとうございますm(_ _)m
「やりたいことをやる」
言葉にすればこれだけのことを、いったいどれだけの人がやれるのでしょう?
現実と理想との違いを自覚しつつでも諦めきれない人間くさい伸がすっごい好きです〜
そして遼ちゃん・・・・イカす(>▽<)b いい男になったのねぇ・・・
この後一回りも二回りもいい男になった5人が集まるのが楽しみっす。

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