優しい雨

 

 夜半から降り出した雨は、ひどく心を落ち着かせた。
 体調の悪い時に、決まって降り出す雨はとても静かで安らげる。
 ふと、目が覚めたのは薬が切れた所為か。
 伸はベッドの横のサイドボードにある体温計を手にとっていた。
 しばらくして、かん高い音が静かな室内を響かせ自分の体温を知らせる。

  ――38°5分。

 やはり薬がきれたのか、熱が高くなってきていた。
 熱を出す程の風邪をひいたのは随分久しぶりだ。
 そんな時にかかってきた当麻の電話からは驚いたような声が上がって、そして心配げに声はひそめられた。
 いつもとは逆の立場に伸は内心苦笑が漏れる。
 自分が心配をして世話をすることは多々あっても逆というのは無いに等しい。
 だから慣れない心配の言葉に伸は当麻を揶揄ってしまう。
 そう、自分のことから気を逸らせるように…。
 そしてすぐさま電話口の人物は当麻の旦那へと変わることに笑ってしまう。
 相も変わらず、なんと当麻を大事にしていることか。

 最後は征士も自分の心配をして通話は終わったのだけれど、伸はコードレスを置いて、また眠りに落ちる。とにかく安静にすることが一番だ。

 そして再び目を覚ました時は冷たいタオルが額に当てられた感触でだった。

 「……」
 「あら、起こしちゃった?」

 柔らかい微笑みが伸の目に入る。

 「随分、熱が高いみたいね、すぐ温かくなっちゃうわ」

 それが額のタオルのことを指していることにようやく気付いて、段々と意識がはっきりしてきた。

 「…いつ来たの? 姉さん」

 久しぶりに見る優しい笑顔の姉、小夜子はかすれた声を出す伸に心配そうな表情を浮かべた。
 もともと姉が伸の顔を見に上京することは随分前から知らされていた。昨夜からの電話で自分が体調を崩したのでまたの機会にと姉に言えば、そんな時なら尚更行きます。と反対に切り返された記憶がある。

 「2時間程前かしら」
 「悪かったね、迎えにも行けなくて」
 「何言ってるの、気にしないで。それより薬は飲んだの?」
 「昨日の晩に飲んだよ」
 「そんなのもうとっくにきれてるじゃない。待ってて、軽く食事を作るから、
 ちゃんと薬飲むのよ?」

 そう言いおいて姉は寝室から出て行った。

 「ありがとう」

 自分の為に作られる食事、それさえも久しぶりだ。
 料理をすることを好んでいる所為もあって、随分と新鮮に思える。この部屋のキッチンに自分以外が立つということ。 

 起きあがれるくらいには体調は大分よくなったようで、伸は姉が作ってくれたお粥をダイニングで頂くことにした。

 「何だか、久しぶり。伸に食べてもらうなんて」

 暗になかなか家に戻らないことを仄めかされての姉の台詞に苦笑してしまう。

 「高校を突然休学して、その1年後に復学したと思ったら東京の高校に行くって言い出して一人暮らし。おまけに大学もさっさとこちらで決めちゃって、お母さんもあの時はすごく寂しがっていたのよ?」

 家族のたしなめの言葉にさすがの伸も弱い。

 「…ごめん」

 勝手ばかり言ったことは自覚がある。仕方がなかったこととは言え、随分我が侭な行動をしてしまった。

 「来年就職でしょ? こちらで就職してしまうの?」

 何故、東京にずっといたかなんて理由は簡単だ。
 戦いが本当に終結したのか、それを確認していたかったから。
 それは当麻も同様だったらしく、高校進学を東京にし、大学もこちらに進んだ理由として根差すものは同じだった。
 ただの杞憂だと思っていても、警戒心だけは崩せなかったのだ。
 秀あたりに言わせれば、心配性だなあ、と一蹴されかねないことだが、こればかりは性分だろう。
 だがもう、5年も経てばその心配も和らいでいる。ま、心配ごとはそれだけではないのだが…。

 「卒業後は萩に戻るよ」

 伸の断定の言葉に姉の表情はあからさまに明るくなった。

 「本当に? お母さん、喜ぶわ! 勿論、私もね」

 やはり自分は萩の水が一番あう。この何年かの暮らしで実感していること
 だからこそ素直にうなずく自分がいる。
 もう一つの心配事は、近くにいようといまいと所詮はひと事だ。
 それでもあの2人のこれからが手放して祝福出来るものではないことは事実なだけに、心配は耐えないというものだ。
 なまじお互いがお互いとも優秀な人間なだけに、周囲に注目を浴びているという事実は尚更2人の関係を大ぴらに出来なくしている。
 少しでも彼等の力になりたいと純粋に思っていることを、本人達は知らないだろうけど、少なくとも絶対的な信頼を伸に向けていることは確かなようだ。
 それは離れていようと変わらないことだろう。
  

 「…雨ね」

 物思いにふけっている伸を余所に喜ぶ姉の顔が窓の外へと向き、ふと気付いたようにそう漏らした。

 「雨がどうしたの?」

 その意味を計りかねて、不思議そうに問うていた。

 「ううん、なんとなく思っただけなんだけど、伸が体調崩したりすると、いつも雨が降っているなと思っただけ」

 しみじみ姉は言う。

 「…雨は鬱陶しい?」
 「まさか!」

 訪ねれば即答で返ってくる。

 「この雨はね、優しいの。伸を心配して降っているんだもの。貴方はね、雨の日に産まれたのよ。とても静かな祝福の雨だったわ。だから雨は伸の為に降るのよ」

 そうして小夜子は綺麗に笑った。
 その後薬を飲まされ、半ば無理矢理ベッドに押し込まれた。
 静かな雨音を子守唄に、安らかに眠れることは確か。

 『大抵の天気は俺の管轄だが、雨は伸の味方だよな』

 以前、当麻が苦笑しながら言っていた。
 その言葉と小夜子の言葉が重なる。
 きっとこの雨が流してくれるだろう、この体調の悪さを。

 明日には全快した伸が間違いなくいる。

      

END

<お礼の言葉>
紗弓さん、素敵なお話ありがとうございました〜(≧▽≦)
雨は伸がゆっくり休めるように降ってくれるんですね。
いっつも世話焼きの伸も具合の悪い時ぐらい誰かの世話になりたいですよね。
でもなんとなくお兄ちゃんとしては弟たち(当麻や征士)には面倒かけたくない。
そんなとこが伸らしいです(笑)
関係ないですが、ある占いで私の天命というのが「雨」だった時、伸ちゃんとの運命を感じました(笑)

勝手に運命感じないでよね(苦笑)<伸お兄ちゃん

思うのは自由だもん(;-;)

 

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