そこに青い後ろ姿を見つけて、私は自分の判断が正しかったことを確認した。


 私が目の前の妖邪どもを倒し、戦いの中で離ればなれになった仲間と合流することを考えた時、真っ先に青い鎧を身に纏う当麻の姿が目に浮かんだ。

 我々は次の集合場所も決める暇もなくばらばらになってしまったのだから、誰かが皆を集めなくてはならない。
 そしておそらく、真っ先にそれをしようと動くのは軍師である当麻に違いなかった。
 当麻ならばどうするか。
 そう考えながら辺りを見回している時、少し離れた所にこの低い建物が壊れずに残っているのを見つけたのだった。

 「しっかし、・・・・・・あいつはどこにいるんだ?」

 当麻は窓から外を見ていた。誰かを探しているようだ。
 随分と熱心に探しているようで、こちらに気づかない。いつもなら、人の気配には敏感な男なのに。

 当麻にあんな風に探されてみたい・・・・

 ふと思ったそれに、私は一瞬思考が停止した。

 「あいつ、年をごまかしてんじゃねーかね・・・・。」

 当麻のその声で、私の思考が再び動き出す。
 しかし、またもやあいつとは・・・・・

 「あいつとは誰のことだ?」

 その声に、当麻はさっと振り返ると戦う構えを作った。
 その動きは私から見てもなかなかのものだと思う。

 「やはりここにいたか。」

 「・・・・・・お前か。」

 当麻は私の姿を認めて肩の力を抜く。殺気を帯びた瞳がふと和らぐ。

 当麻のそういう風に和らいだ瞳を見るのは珍しい。
 激しい戦闘中でも熱くなることなく冷静な色を浮かべているその瞳は、しかし戦闘の合間、皆といるときでもどこか緊張感を漂わせている。
 それが軍師の勤めと言えばそれまでだが、こういう穏やかな眼差しを見た後では少し惜しい気がする。

 「どうしてここに?」

 しかし、すぐにいぶかしげに視線を強くする。

 「智将のお前のこと、真っ先に戦場の把握を試みると思った。」

 「・・・・・・なるほどね。」

 当麻は片方の眉をつり上げるようにして応えた。

 当麻はよくこういう表情をする。それは随分と世慣れた雰囲気を感じさせるものだ。
 しかし、どこかでそれが彼の本当の表情ではないような気がするのは、私の勝手な思いこみであろうか。

 当麻は私を見て僅かに目を細めた後、苦笑するように口元をゆがめる。

 「じゃ、到着したばっかのとこ悪いけど、すぐに行動開始だ。」

 どうやら我らが智将はすでに策を練ってあるようだ。

 「わかった。」

 それに頼もしさを感じつつ、私は自分が当麻の元へ駆けつけた正しさを改めて実感した。

 「しばらく武装はといとけよ。武装するのは必要なときだけでいい。ずっと気をはりっぱなしじゃ、疲れちまうぞ。」

 建物から外の様子を伺った当麻は、辺りに全く妖邪の気配が無いのを確認すると、そう言ってきた。
 そういう当麻は再会した時にはすでに武装をといていた。

 「確かにな。」

 私が武装をとくのを待って、当麻は走り始めた。

 「で、どうするつもりだ?」

 どうやら北に向かっているようだが、私は建物に到着してすぐに当麻により出発を告げられたので、敵や遼達の正確な位置を知らなかった。これから当麻がどうするつもりなのか、見当もつかない。

 「北の本隊にぶつかるのは得策じゃない。西から南の分隊の背後に回り込む。遼と伸も南西にいるから、それが最も無駄が少ない。」

 その当麻の言葉から、敵は大きく分けて2隊だということがわかる。そして、どうやら北側に位置する敵は相当数いるようだ。しかも反対側にも分隊。つまりは前後を囲まれた状態ということだ。なるほど、当麻の足の速まるわけだ。

 ふとそこで、今北へ向かっている事実を思う。

 「では何故北に?・・・・・・秀か。」

 すぐに気づく。思えば遼と伸は南西にいるらしいが、秀については触れていなかった。

 当麻の瞳が満足そうに細められる。
 その当麻の様子に、どうやら彼の期待に応えられたようで嬉しかった。

 「そういうこと。お前には秀を迎えに行ってもらいたい。あいつはかなり北の本隊に近い所にいる。俺があそこから見たときは俺達が最後に敵とぶつかった位置よりさらに北へ300mほど行った場所にいた。」

 頭に最後に皆と分かれてしまった場所を思い浮かべる。
 そしてそこまでの道のりを頭に描いた。そこからさらに北へ300m。

 私は当麻にむかって頷く。

 秀が当麻の見た場所からさらに移動しているだろうことは予想できたが、ここはできないなどと言っている場合ではない。

 それに当麻は私を信じてそれを任せてくれるのだ。

 自分の誇りにかけて、必ず秀をつれて、南西の当麻の指示したポイントまで連れていく。

 そして、ふと当麻が「お前には」と言ったことに思い当たる。そして当麻がそのまま遼と伸を迎えに行くなら、今向かっている方向が異なる。

 「当麻。お前はどうするのだ?」

 「俺か?俺は東に行く。」

 東へ行く。
 しかし、それでは当麻は皆と離れ孤立してしまうではないか。

 「東?何故?」

 「時間稼ぎをちょっとな・・・・」

 当麻は視線をそらすように前へ向ける。
 それはまるで私の視線を避けるようで、胸に嫌な感じが広がる。

 もしかしたら、現状は私が思っている以上に緊迫しているのではなかろうか。
 そして、それを打開するために当麻が自らの身を危うくしようとしているのなら、それは絶対許し難いことだった。

 「陽動ならば私のほうが適していると思うが?」

 それは口にだしてみれば、実際その通りなのである。
 今まで何度かこういう事態になったとき、その役割は大抵私か秀だった。

 「いーや、別に本当に戦うわけじゃないから。東から矢を本隊に向けて射かけてやれば、俺達が東にいるって思ってくれるだろ?」

 当麻は自分達の位置を敵に見誤らせようとしているらしい。
 確かに、当麻の翔羽弓を使えば、かなり遠くにいる敵を攻撃することができる。実際そのようにして、当麻は幾度と無く近づいてくる敵を自分たちの前に来る前に減らすということをしてきたのだ。
 そして我々は弱体化した敵と戦うことにより、勝利をより確実なものとする。

 このような我々の戦い方は敵も十分理解しているはずだ。
 そしてだからこそ、当麻の攻撃は敵を引き寄せるのに役立つに違いない。敵は我々を挟み撃ちできると考え、本隊分隊そろって東の地域に総攻撃をかけてくるだろう。

 「なるほど。本隊の目が東にいけば、私と秀も西に行きやすくなる。それに、南側の分隊も東に向かってくるだろうからな。」

 一石二鳥とはこのことだろう。
 私と秀は安全に西へと行くことができるようになり、さらにその先我々は分隊の背後に回り込みやすくなるのである。

 ただ、この作戦には一つだけ難しい点がある。
 陽動をおこなう当麻は、早く逃げすぎても、敵を待ちすぎても駄目なのだ。当麻が早く逃げれば敵は陽動に気づくだろうし、遅れれば一人敵のただ中に取り残されることになる。

 しかし、当麻はそれを完璧なタイミングでやり遂げるだろう。
 それを私は確信する。

 「そういうことだ。さて、ここらで分かれるか。」

 当麻の言葉に私は足を止める。当麻もまた同時に足を止めていた。

 と、当麻が小さく笑った。
 それはつい自然に浮かんでしまったような小さな笑い方だった。

 「どうした?」

 それは敵を挑発する時の馬鹿にするような笑い方とも、我々を元気づけるための自信満々な笑みとも違っていた。

 「いや、俺達って結構いいコンビかもって思ってさ。」

 私の問いに当麻は肩をすくめて言った。
 それは冗談めかしていたけれど、当麻が本当にそう思っているのが伝わった。

 私はその突然の言葉に驚き、そして同時にとても嬉しく思った。
 なぜなら、当麻は私を信じるに値する人間と認めてくれたのだから。 

 こんな些細な言葉にとても喜んでいる自分がおかしかったが、それでも私は自信満々に応えてやった。

 「当然だ。」

 その応えに当麻は満足したのか、私の目を見たまま小さく頷いた。
 私も視線をそらさず見つめ返す。

 それは我々がお互いに通じ合った瞬間だったと言っていいと思う。

 「なあ、おまじないしようぜ。」

 しかし次に当麻が口にしたのは思いも寄らない言葉で、私は多少困惑した。
 こいつの徹底した現実主義は、今までで十分にわかっている。

 思わず疑わしい表情で見てしまっただろう私に、当麻は困ったように笑う。

 「また、ちゃんと俺達が会えますようにっておまじない。」

 その言葉に私の胸に暖かいものが満ちる。
 当麻はまた再び私と会いたいと思ってくれるのだ。 

 「なるほど。で、どうするのだ?」

 「ん。もうちょい、こっちへ。」

 私の問いに当麻は手招きしながらそう応える。
 私は当麻に一歩近寄った。
 もともと大してなかった二人の間の距離は、当麻もまた私に向かって一歩踏み出したことで、触れ合うほど近くになった。

 近くで見た当麻は穏やかな表情をしており、自然とそれに吸い寄せられるように魅入る。

 そして次の瞬間、当麻が破顔した。

 今まで見たことない満面の笑み。
 それを浮かべた当麻は、間違いなく私が今まで見た中で最も魅力的な人間で。

 それに目を奪われた私に、当麻はすっと顔を近づけ口づけした。

 「じゃ、死ぬなよ。」

 私が何か考える間もなく、当麻は私から離れるとそう短く言った。
 そして、さっと私に背中を向けると走り出した。

 「お前もな!」

 反射的にそう叫び返す。
 そして、さらに続けようとした。

 「だから、また会えたらっ・・・!」

 しかし振り返ることなく走り続ける当麻の背中は、あっという間に小さくなっていく。
 それに小さくため息をつくと、私は叫ぶのを止めた。

 また会えたら、もう一度しよう。

 その言葉は自分の胸にしまうことにした。
 なぜなら、それを言ってしまったら、また当麻に先を越されてしまうかもしれない。

 「そんなことは私の誇りにかけて二度とさせん。」

 次は私が当麻の唇を奪ってやろうと強く誓うと、北へ向かって走り出す。


 おそらくあのおまじないのおかげで、妙に軽くなった自らの足取りに呆れつつ。

END/征×当話に戻る?

コメント:Katze鬼畜師匠の108(煩悩の数字)GETリクエスト
この方のリクエストにはいつも苦労します。どうかもうとらないでね(苦笑)。