「なあ、これ誰?」

 冬休みを利用して、私の家に遊びに来た当麻は、アルバムを見せるようにせがんだ。
 私が見せるのを躊躇うと、『本気の恋人には、子供の頃の話をしたり写真を見せるもんなんだってさ。』と当麻は意地悪い笑みを浮かべた。

 当麻の試すような発言と行動は、今に始まったことではない。この疑い深い恋人に対して、私は一つずつその疑いを晴らすようにしている。そういう積み重ねが一番当麻には効くのだ。
 私が当麻を恋人にできたのは、一重にこの積み重ねのおかげだと言っていいだろう。
 今思い出しても、あの頃の私はよくやったと思う。もちろん、それにより手に入れた報酬は十分すぎるほどのものだったから、あの日々を誇りにこそ思いはすれ、後悔などするはずもない。

 そして、今、その報酬は目の前で無邪気にこちらを見上げてくる。
 その細い指の示す先には、肩口で切りそろえられた長髪の子供が赤い着物を来て立っている。

 私は、小さくため息をついた。

 「すっごい綺麗な女の子だよな。今頃すんげえ美人になってんだろうなぁ。」

 当麻はうっとりとした表情をしている。
 つきあい初めてから気づいたのだが、この男の面食いはかなりのものである。しかも、ちまたに溢れるかわいい女の子レベルではなく、誰もが納得する美人でなくてはならないらしい。
 これは本人の言葉だから、そう通りなのだろう。

 「でも、お姉さんじゃないし、弥生ちゃんでもないよなぁ?従姉妹とかか?」

 当麻は同じページにある姉と妹の幼い頃の写真と見比べて、首をかしげている。
 ちなみに、当麻によると、我が家の姉妹は共に今まで彼が目にした美人ベスト5に入るそうだ。
 身内がライバルになりかねない(しかも、二人とも当麻のことをいたく気に入っている。)というのは、かなり頭が痛い。

 「私だ。」

 むすっとした声で応えた私に、当麻は一瞬止まって目をぱしぱしと瞬きした。
 その当麻の表情があんまり無防備でかわいかったので、とりあえずこの写真を見せたのも全くの無駄ではなかったな、などと思ったりする。
 もちろん、そんなことを本人に言えば憤慨すること間違いないが。

 「・・・・・・ほんとだ。これ、お前じゃん・・・・・・・」

 何度か、その写真と私を見比べた後、当麻は頷いた。
 そして一言。

 「俺、こっちのがいい。」

 私の拳がそのIQ250の頭に落ちた。



 「・・・で?なんでこんな格好してるわけ?」

 当麻は頭を撫でながら、涙目で睨み付けてくる。
 そんな表情をしても、謝るつもりはない。まあ、本人も自分が悪かったと思っているらしく、殴られても何も言わないが。

 「こちらの風習では、身体の弱い子供は性別と反対の格好をさせて育てるといいと言われている。」

 「え?お前って、身体弱かったの?」

 心底意外そうな顔をする当麻。

 「昔はな。」

 今では人並み以上に丈夫な私だから、幼い頃を知らない者にとっては意外なことであろう。確かにあの頃の自分を思い出すと、今のような生活ができるとは思っていなかった。

 今となっては笑い話だが、医者に二十歳までもたないとまで言われていた。  

 「なんか、お前って生まれた時から強かったのかと思ってた。」

 ぽつりと漏らした当麻の言葉に、私は苦笑した。

 「そんなことはない。子供の頃はよく、明日の朝は目が覚めないのではないかと思っていたほどだ。」

 「そんなに酷かったのか?」

 心配げに眉を寄せる当麻に、私は今は全く問題ないと応える。
 当麻はあからさまにほっとしたような顔をして、そしてそれに自分で気づいたのか、照れたように鼻の頭を掻いた。

 「でも、かえって納得できるかも。」

 一転、当麻は軽い調子で言う。
 アルバムをぱたりと閉じると、いつもの皮肉げな笑みを浮かべる。

 「あの頃、死ぬかもしれないってのに、お前だけ妙に落ち着いてたもんな。」

 小さな頃から死が身近だったなら、それも納得できる。死に対する恐怖に免疫ができているから。
 当麻はそう言いたいらしい。

 「お前だって、相当なものだったと思うが?」

 あの頃の当麻はまさしく軍師の名に相応しく、常に冷静な判断をくだしていた。

 「あー、あれは演技、演技。軍師がおろおろしてたら、かっこつかないだろ?内心は『どうしよう〜!』って心臓バクバクよ。」

 それであそこまでできるなら立派なものだ。
 私は今更ながら、目の前の当麻を見る。
 あれから3年。
 当麻は確実に成長しているものの、浮かべる表情はむしろ、昔の方が、大人びていた気がする。
 いや、むしろ今の方が年齢相応なのであって、あの頃の方が異常だったのだ。

 「確かにあの頃、死ぬことは怖くなかったな。」

 私はあの戦いの日々を思い出す。
 あの日々の中、阿羅醐を倒せないのではないかという不安が一瞬頭をかすめることはあっても、死ぬのではないかということに対しては全く不安を抱いたことはなかった。

 「どうして?」

 当麻は寝そべっていた身体を起こして、私に向き直る。どうやら、納得させるような答えを私が返すまで聞く体勢に入ったようだ。

 「死を恐れようと恐れまいと、いつかは人は死ぬ。確実な事実に関して迷いや恐れを抱く必要性などあるまい?」

 どんな愚か者だろうと、賢人だろうと、人間はすべからく死を迎える。
 これは地球上で唯一平等なことではなかろうか。

 「だーかーらー、その確実な事実ってのがいつ来るかわかんないから怖いんだろ?」

 当麻は肩をすくめた。
 確かに死とは逃れられないくせに、それがいつ襲ってくるのかわからない代物だ。
 しかも、あの日々の中では、現に目の前にそれはぶらさがっていたのだから、死に対する恐怖を抱かないというのはおかしなことなのかもしれない。

 「それは死が来るのをただ待っている人間の考え方だ。」

 「は?」

 私の言葉に当麻は首を傾げた。

 「死に向かって自ら歩く時、死は恐れるべき対象ではない。」

 当麻は沈黙して、私を見つめる。

 私は少し心配になった。
 もしかしたら、私が死にたがっていると思われたかもしれない。

 そうではないのだ。

 私が言いたいこと。
 それはむしろ死にたがることとは正反対と言っていいこと。

 それをうまく言葉にできないのがもどかしい。


 「・・・・・・やっぱ、お前ってすごいかも。」

 しかし、しばらくの沈黙の後、当麻の口からでたのは感嘆の言葉だった。
 そこにはからかうような響きはなく、じっと私を見ている。

 「お前って本当に光なんだな。」

 当麻はそっと手を伸ばす、その指先がゆっくりと私の頬に触れる。

 「お前にとっちゃ、闇だろうが、死だろうが、背をむけたり目を反らすものなんじゃなくて、面と向かって相対するものなんだ。」

 その指が私の長い前髪をかき上げて、私の両目を正面から見つめる。



「光の中にお前がいたんじゃなくて、お前こそが光だったんだ。」



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