「んんー。」
伸が寝返りをうった。
 当麻は我に返り、あらためて目の前の男らしい相手を見た。最初は少し落ち着かなかったようだが、追手が通路を通り過ぎたので、 少し安心したらしい。
「座れば。」
当麻は伸の隣に腰を下ろし、空いた反対側を示す。列車は、重力の大きなところに入ったのか、外からの星の光も見えず 真っ暗なところを走りつづけていた。
「俺、当麻っていうんだ。アルビレオ星から来た。お前は?」
「征士だ。」
当麻が出身地付きで名乗ったのに、敢えて征士は自分がどこから来たのかは触れなかった。当麻は追及しなかった。ようやく征士は腰を 下ろした。
 「お前、どこまで行くんだ?」
ランプの火がゆらゆら煌くと、征士の金色の髪に反射する。睫毛までキラキラ光って、線というものがないように見えた。 当麻の質問に征士は返事をしなかった。
「俺はね、サウザンクロスで銀河鉄道に乗り換えて、銀河まで行くんだ。今日、初めて自分の星を見たよ。」
沈黙するよりマシなので、当麻は勝手にペラペラ喋り続けた。
「星雲って結構、きめが荒いよな。これもナマで見るのは今日が初めてだったんだけど。」
当麻は残っていたお茶を飲み干す。もうすっかり冷めてしまっていて、美味しくなかったが、お茶を濁す小道具だ。シャレじゃない!  当麻は自分でツッコミを入れる。焦れば焦るほど、沈黙は重くなっていく気がした。
「征士は、金髪なんだね。俺のね、出て行った母さんも金髪だったよ。目は紫じゃなかったけどな。」
自分のことを話しても反応は返ってこないし、あまり征士本人の身元に関係することも聞けなかったので、当麻は征士の外見の 話を振った。これも空振りになりそうだった。
 ――そうだよな、この人は『かくまって』ほしいんであって、別にお喋りしたいワケじゃないんだもんな。
 お茶でも勧めようかと思ったが、何かを口にするという行為をするとは思えなかった。そのぐらい自分とはかけ離れているように 感じられた。呼吸すらしていないのではないかと思わせる。
 扉がいきなり開いて、この男が立っていたときは本当にびっくりした。思わず息を呑むほど整った顔立ち。まっすぐな視線は、強い 眼光で、逸らせない。でも、この目は強いだけじゃなくて…。
 当麻は征士のことを思い巡らした。
 ――ま、無視されんのなんか、慣れてるけどさ。
 そこまで考え付くと、自分がとっても根暗で卑屈な気分になってくる。神々しいこの人の前では、そんな後ろ向きの思考すら 許されない。
 ――なら、どうせえっちゅうねんっ!
 もうヤケクソ。腹いせにギッと力強く見上げると、思いのほか、その顔には微笑が浮かんでいた。
 当麻の目が釘付けになる。
 「征士ってさ、きっと、聖職者か何かだったんじゃないか?」
現金な当麻は、また浮上してトライする。
「どうして?」
今度は返事があった。返事というか、質問だが、反応が得られただけでも当麻は嬉しくなってくる。地球よりも長い人生を送ったとは 思えないほどの無邪気な笑顔になる。
「だって、黒い服着てるだろ。」
座ってみて、征士は黒いコートの下も黒尽くめであることがわかる。当麻の感覚だと、それは教会の神父のする恰好だった。
「私は罪びとの恰好をさせられているのだ。」
いてはならない存在。だからこの世界に広がる闇にも溶け込む囚人服。
「何か悪いことをしてきたのか?」
明るい当麻の表情が曇る。

 ――ああ、この子供もか……。

 征士の表情も曇る。なのに口元には諦めの笑みがまた浮かぶ。

 ――この子供も、私が、私のしてきたことが、怖いのだろうな。

 当然か、自嘲的な笑みだった。当麻の表情が更に曇る。征士は訝しくなった。
 「……自分が悪いことをした後って、……悲しい気分になるよな……。」
当麻はぽつりと呟いた。
「うん。俺はなる。」
一人で勝手に頷いている。当麻は征士から反応が得られないことに慣れてきたので、自己完結する。征士は、当麻にまったく恐怖心という ものが見られないことに気がついた。

  ――怖くはないのか……?

 それを当麻本人に直接尋ねないのは、自分の方が怖がっているからではないか。そんな疑いが過ぎった途端、振り払うように 征士は口を開いた。
 「お前は、怖くないのか?」
当麻は暫し言葉の意味を考えているらしかった。
「うーん、伸が起きたら何て言うかなー。」
俺、伸だけは敵わないんだ、と当麻は脇で眠る、柔和な顔立ちの、まだ少年と呼べる青年に目を向けた。
「そうではなく、私が、どういう人間か、怖くはないのか?」
征士は言葉を区切って、もう一度尋ねた。
「ううん。怖くないよ。」
当麻は即答した。征士の目が開く。
「だって、征士は黒い服が似合ってるもん。」
征士は苦笑した。この子供は母星ではよほど信心深かったのだろうな、と。神を信じない征士は、淡白に分析した。
「その人の人間性は、表面に出るものなんだよ。」
意外なほどしっかりとした言葉が返ってきた。白鳥区では、あまり言葉は信用されていないはずだが。征士は考えた。
(まあ、一人の人間の本質など、見抜けるとしたら、取るに足らないものなのだろうな。)
征士はそれができなくて、逃げてきた。
 他人の心が理解できないのは罪だから。
「違うよ。一人の人間の本質は、もしも見抜けたら、侮れないもんだぜ?」
まるで征士の思考を見抜いたかのように当麻が言葉を継いだ。征士はアルビレオ人は人の思考をも読むのかと驚いた。だが、それは 当麻の無邪気さの下に、とても聡明な部分があるかららしかった。
 ――また、私は本質を見抜けなかったか。
 気立ての真っ直ぐな、見た目も可愛らしい、取るに足らない子供だと思っていたが、実はそうではないらしい。
「征士は、最初、泣きそうだったよ。」
そう、強い光の宿った紫の瞳は、意志の強さだけでなく、悲しげだった。
 当麻にそう指摘されて征士の瞳は余計に曇った。

 ――このひとは傷ついているんだろうな。

 ほかのことは何もわからない。当麻が征士から読み取れるのはそれだけだ。
 当麻は、この異星人をどうしてもかくまいたくなった。
 というか自分のために、どこか人知れず銀河の彼方にでも隠してしまいたかったのだ。
 当麻は躊躇うことなく征士を抱き締め、キスをした。


NEXT