それはちょっとした 「きっかけ」



There is his Answer in the Darkness



 午後11時。
 風呂からあがって、部屋に戻る。
 ドアの隙間から光が漏れていて、部屋のもう一人の主がまだ起きていることを示す。

 暗い廊下にラインを落とす光に、俺は部屋に入るのを少し躊躇う。

 (・・・・・・別に躊躇う理由なんてないだろ?)

 そう自分に言い聞かせると、ドアノブに手をかけた。
 ドアを開けると、迷いを振り切るように明るい声をだす。

 「まだ、起きてたのか?」

 「ああ。」

 ベッドに腰をかけた征士は、こちらに顔をあげて短く応えた。
 そしてすぐに手元に視線を落とす。その手には小さな本が一冊。

 俺はなるべくさりげなく歩み寄る。
 手にしたタオルで濡れた髪をふきながら、征士の側に歩み寄る。

 「何読んでるんだ?」

 そう言って俺が征士の手元を覗き込むのと、征士が顔をあげるのは同時だった。

 「・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・」

 至近距離にお互いの顔。
 そのまま動けなくなる。

 征士の瞳が真っ直ぐに俺を映していて、いたたまれなくなる。


 そして、俺が瞼を閉じるのが合図。
 お互いわずかに首を伸ばすようにして唇を触れ合わせる。

 征士とキスするようになったのは、あの戦いの中。
 あれは一種の儀式のようなもので、お互い生きてることを確認するためみたいなもんだった。
 だから、戦闘が激しくなればなるほど、その回数も増えたし交わす深さも深くなったのだけど。

 戦いの終わった今、俺達はこの行為の意味を見いだせずに戸惑っている。

 ずっと回数も減って、交わす深さも浅くなって、もう触れ合わせるだけのこのキスを、どうして俺達はやめられないんだろう?

 

 俺達の唇はすぐに離れた。
 俺が立ったまま腰を折るようにしていたので、すぐに辛くなったから。

 戦いの後の俺達のキスは本当に唇だけ触れ合わすもの。
 決してお互いの身体に腕を絡ませることも、胸を合わすこともない。
 唇だけ触れ合わせて、他は何も触れない。
 キスの間中、いつも俺の手は身体の横で握りしめられてる。

 いっそ滑稽なほどの努力で俺は征士の身体に触れまいとする。
 そして、たぶんその努力は正しいのだ。

 征士も決して俺にそれ以上触れようとはしないから。>


 これ以上の距離の接近は、きっと俺達二人ともを危うくする。
 理由のわからない確信が俺にはあった。


しかしそれは、ある時突然容赦なくやってくるのだ。




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