「じゃあ、おやす・・・っ!?」

 挨拶して自分のベッドへ戻ろうとした時、部屋の明かりが唐突に消えた。

 ブレーカーが落ちたのか?
 そう思ったが顔を向けた部屋の窓から、わずかな星の光しか見えないのにそうではないことを知る。
 ここら辺一体が停電したようだ。

 「ちっ・・・・・・・」

 思わず舌打ちする。
 明るい人工灯に慣れた俺の目は、いきなりの暗闇になにも見えない。
 まあ、自分のベッドは目と鼻の先なのだから、それほど困らないのだろうけど。

 (まあ、どうせあとは寝るだけだしな。)

 そう思うと自分のベッドがあると思われる方向へ足を踏みだした。
 そして、そこで俺は何かに足をとられた。

 「うわっ・・・・・・!」

 上体が揺らいで、前に倒れ込む。
 しかし、俺の身体は床に叩きつけられることなく、宙で止まった。

 「・・・・・・お、サンキュ。」

 俺の右腕を力強い手が掴んでいた。
 どうやら、征士がとっさに手を伸ばして支えてくれたようだ。

 俺がその手の付け根の方へ身体を向けたとたん、思いっきり引き寄せられた。

 「お、おい!?」

 「動くな。」

 いきなり耳元に声がして、俺は今の自分の状態に気づいた。

 (せ、征士に抱きしめられてる・・・・・・???)

 途端、鼓動が速まる。

 「え、えと・・・・・」

 思わずどもってしまった俺に、征士が耳元で軽く笑った。
 その呼気が耳に触れて、思わず身体をすくませる。

 「危ないから、目が慣れるまでじっとしていろ。」

 征士はそう言うと、俺を抱えなおす。
 暗いのでよくわからないけど、たぶん、俺は征士の膝の上に跨るようにしてのっかっているらしい。
 普段だったらとてもじゃないができない格好だが、まったく見えないせいかあまり気にならなかった。

 「・・・・・ん。」

 俺は小さく頷く。
 そして、自分の腕を征士の首に回した。
 なんとなく、自分だけ征士に抱きしめられてるのがしゃくだったのだ。

 しかし、これがいけなかったのかもしれない。

 身体を完全に密着させる状態になって、俺の心臓の音はさらに大きく、速くなる。
 しかし、今更身体を離そうとしても、征士の腕がしっかりと背中と腰を捕らえていて、逃げられない。

 「・・・・・・・・」

 随分と沈黙が重く感じる。
 その中で自分の鼓動だけが、煩い。

 これ以上、自分の鼓動だけを聞いていたらおかしくなりそうだ。
 頭の中で盛大に警鐘が鳴っている。

 危険、危険、危険・・・・・・

 「・・・・・・当麻。」

 名前を耳元で呼ばれて、わかるほど自分の身体がはねるのがわかった。

 「・・・なんだよ・・・・・・」

 絞り出した声は震えていて、全く自分が情けない。

 「もういいだろうか?」

 恥ずかしくて征士の肩に顔をうずめた俺に、征士はそう言った。
 一瞬意味がわからなくて、そして目が慣れたかどうかだということに思い当たる。

 「あ、ああ。もういいぞ。」

 本当はまだよく見えなかったが、これ以上この状態は辛かったので俺はそう応えた。

 しかし、次に起こった事態は俺の予想に反していた。

 「んん・・・・・・っ!」

 いきなり口を塞がれて、俺は目を見開く。
 そして、その柔らかい感触に、塞いだものの正体が征士の唇であることを知る。

 「な・・・・・・・・んあ・・・・!!!」

 抗議の声をあげようとして開いたところに、舌が入ってきて俺はパニックに陥る。
 こんなキスは戦いが終わった後初めてだったから。

 そんな俺の様子に気づいて征士が唇を離した。

 「・・・・・・お前はまだ気づいていないのか?」

 おそらく至近距離にある顔はおもいきり顰められているに違いない。
 そんな声だった。

 「き・・・気づくって・・・・?」

 俺はあがった息を整えながら、尋ねる。

 「私達が口づけを交わす理由だ。」

 ふと左頬に暖かい手の感触を感じる。
 そしてそれはそのまま滑らされて、俺の髪をかき上げた。
 その感触に気をとられながら、俺は応える。

 「え・・・・・・なんとなく・・・・・前からしてたし・・・・」

 「お前はなんとなくで他人と口づけを交わすのか?」

 その声に怒りが滲んでいるのを感じで、俺は身をすくませる。
 殴られるかと思ったのだ。

 「お前はどこまで自分の感情に鈍感なのだ。」

 しかし予想を反して、次の征士の声にはため息のようなものがまじっていた。

 「なんだよ、それ・・・・・・」

 俺は殴られなかったことにほっとしつつ、首をかしげた。
 目が少し暗闇に慣れてきて、征士の顔が見えてきた。
 そしてその顔は滅多に見れない、困った顔をしていたのだ。

 なんだか、その表情がとてもかわいく思えて、その自分の感想に自分で驚いた。

 「こんなことを私の口から言うのは本意ではないのだが・・・・・・」

 征士はそう前置きをした。
 俺は先を促すように、小さく頷く。

 「お前は私に好意を抱いているのだ。」

 俺は一瞬その意味がわからなかった。
 こうい・・・・・・好意・・・・?

 「そりゃそうだろ?だって仲間だもん、俺ら。」

 今更、こいつは何を言ってるんだろう。
 俺は征士の意図がよめなくて、眉間に皺をよせた。

 征士は俺の応えに顔を顰め、そして俺の顎をとらえると強引にキスしてきた。
 今度はちゃんと顔が近づいてくるのがわかったので、ちゃんと瞼を閉じて、それに応える。

 部屋が暗いせいか、恥ずかしさの薄らいだそれは、随分と長い間、深く交わされた。
 酸欠のせいか、俺の頭はくらくらしてきて、最後の方は征士に一方的に好き放題されてしまった。

 「・・・・・・それで、お前は仲間なら誰とでもこんなことをするのか?」

 唇を離して言われた言葉に俺は酸素不足のせいだけでなくつまる。

 確かに闘いの最中を含めても、俺がこんなことをしたのはこいつだけだ。
 それこそ、他の奴らとこんなことするなんて考えつきもしなかった。

 「う・・・・・・それは・・・・・」

 「お前は私のことを仲間としてではなく、特別な対象として好意を抱いているのだ。」

 征士は断言した。


 「っ!・・・なんでお前にそんなこと言われなきゃいけないんだよ!」

 俺は怒鳴った。


 本当はその怒りは、それを言った征士に対してというより、その内容を否定できない自分に対してのものだった。

 そう。
 俺は征士に好意を抱いている。 
 特別な意味で。

 こんなこと気づきたくなかったのに、この暗闇のせいで気づいてしまった。

 征士に指摘されるまでもなく、暗闇の中抱きしめられて鼓動が高まった時、俺は答えを見つけてしまったのだ。ただ、その答えを言葉にするのを避けていただけで。
 征士に向けた怒りは結局逃げ切れなかった自分に対する怒り。

 戦いの後も何故かし続けたキスの理由。
 触れるのを極力さけた危ういキスの理由。

その答えは

「俺が征士を愛してるから」




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