「・・・・・・さてと、どうするかな。」

 俺は瓦礫とかした建物の残骸の影に身を潜めると、一息ついた。
 妖邪の激しい攻撃のせいで、俺達5人はばらばらになってしまったのだ。

 「とりあえず、敵の現状位置の確認・・・・・・ついでにあいつらのも、と。」

 あいつら・・・・・・つまりは俺以外のトルーパーの4人。

 はっきりいって、俺はあいつらのことをよく知らない。何せ出だしで後れてしまったから、それはある程度しかたない。(宇宙から戻ってきた時、随分探すのに手こずったと責められたけど、知るもんか。俺のせいじゃない。)

 まあ、わかりやすい奴らが多いから、扱いやすいといっちゃ扱いやすいけど。

 「見晴らしのいいところ・・・・・・と。」

 あたりを見回すと、少し離れたところにある低い建物を見つけた。
 高層ビルディングの立ち並ぶ中で、それはおそらく最も低い部類に入っていたのだろうが、その低さが幸いしたのか、上から舞い降りてきて破壊の限りをつくした妖邪どもの攻撃は、その低い建物を壊しそこねていた。
 あそこなら、周囲の状況を理解するのに都合がいいだろう。

 ただし、逆に周囲から狙われやすいことも確かだが。

 「ま、見つかんなきゃいいんだからな。」

 俺がそんなへまをするもんか。
 あの妙にくそ明るい金剛とかいう奴なら知らんけど。

 「さぁて、行きますか?」

 自分に一声かけて、俺は身を低くして走り始めた。

 「北に敵の本隊、南には分隊ってとこか・・・・・ほっておくと完全に囲まれるぞ・・・・」

 俺は建物の割れた窓から顔だけ覗かせて辺りを見て回った。

 ちなみにあいつらのうち3人の場所も確認済みだ。
 烈火と水滸は一緒にいた。現在は南西にいて、南に向かって移動中だ。南の分隊とぶち当たるのにはまだ当分先だから、とりあえずしばらくは放っておいてもいいはずだ。
 問題は金剛。かなり北側の本隊近くにいる。今はまだ、俺達を探しているのか、本隊に突っ込んでいくことはないが、あんな風にうろうろしていたら見つけられるのは時間の問題だ。

 「しっかし、・・・・・・あいつはどこにいるんだ?」

 俺は唯一見つからない仲間の一人を思って顔を顰めた。

 光輪の征士。

 4人の中で一番わからないのがこいつだ。
 いつも無表情で何を考えているのやら。
 だいたい中学生にしちゃ落ち着き過ぎなのも気にくわない。俺が指示をだしてやる前に動いてやがる時もあって、しかもそれが俺のだそうとした指示のまんまだから、なおさら頭にくる。

 それで俺は思わず口にした。

 「あいつ、年をごまかしてんじゃねーかね・・・・。」


 「あいつとは誰のことだ?」

 俺はその突然の背後からの声にとっさに振り返って臨戦態勢をとる。

 「やはり、ここにいたか。」

 目の前には手に大剣を携えた男。
 俺が今さっきその年齢を疑っていた男。

 伊達征士だ。

 「・・・・・・お前か。」

 俺は肩の力を抜いた。
 まったくこの男の気配のないことといったら、伊達のお殿様っていうよりは、忍者かなんかのほうが似合うんじゃなかろうか。

 「どうしてここに?」

 「智将のお前のこと、真っ先に戦場の把握を試みると思った。」

 俺の問いに光輪は当たり前のようにそう応える。

 「・・・・・・なるほどね。」

 俺は片眉をあげて応えた。
 確かに4人の中で唯一それに思い当たるとしたら、こいつだけだろう。
 烈火と金剛にそれに思い当たる頭はないだろうし、水滸は頭は悪くないのだが、何せ烈火一番の男だ。俺の居場所より、烈火の居場所の方が大事に違いない。その証拠に二人は一緒にいる。
 そして、光輪は冷静に考えた結果、智将の俺の元へ駆けつけるのが得策と考えたのだろう。

 (これは、頼もしいっていうのかね?)

 俺は唇をゆがめた。
 何せ今まであんまり人に理解されたことがない俺だ。こうして俺の行動を予測してくるこいつの存在はありがたいような、面はゆいような、不思議な感じだ。

 さて、こいつに読まれるぐらいだから、ここにも長くいるのはまずいだろう。すぐに移動しよう。

 「じゃ、到着したばっかのとこ悪いけど、すぐに行動開始だ。」

 「わかった。」

 おそらく急いでここに来ただろうに、文句一つ言わずに光輪は頷いた。

 「で、どうするつもりだ?」

 今、俺達はアンダーギア姿で北へ走っている。
 武装にはかなりの体力を必要とし、しているだけで体力を消耗するので、俺が必要だと言うまではこいつにも武装をとかせたのだ。

 「北の本隊にぶつかるのは得策じゃない。西から南の分隊の背後に回り込む。遼と伸も南西にいるから、それが最も無駄が少ない。」

 「では何故北に?・・・・・・秀か。」

 光輪は俺が応える前に自分で答えをだす。
 こういうのは悪くないと思う。こういうことを一々説明するのは結構億劫なのだ。

 「そういうこと。お前には秀を迎えに行ってもらいたい。あいつはかなり北の本隊に近い所にいる。俺があそこから見たときは俺達が最後に敵とぶつかった位置よりさらに北へ300mほど行った場所にいた。」

 光輪は無言で頷いた。
 おそらく、あの建物から見たときからまた金剛は移動しているだろう。けれどそれは光輪にもわかっているはずである。

 まあ、こいつならなんとかするだろう。

 ふとその思考に俺はおかしくなった。
 俺が誰かを信用するなんて、全く珍しいことだ。

 やはり、この男は少し特別かもしれない。

 「当麻。お前はどうするのだ?」

 自分の思考に没頭していた俺は、名前を呼ばれて我に返る。
 光輪は視線だけこちらにむけている。

 「俺か?俺は東に行く。」

 「東?何故?」

 光輪がわずかに眉を寄せる。
 そのいぶかしがるような表情に、美形っていうのはどんな表情でも美形なんだなぁ、と関係ない感心をしてしまう。

 「時間稼ぎをちょっとな・・・・」

 俺は視線を前に向けて応えた。

 なんというか、こいつの顔を見てると変な気分になる。
 べつに女っぽいとかそんなんじゃないのに、妙に綺麗なその顔。

 「陽動ならば私のほうが適していると思うが?」

 光輪は予想した通りの応えを返してきた。
 そう、確かに直接刃を交えることになれば、俺の武器は遠距離用だから必ず不利になる。

 「いーや、別に本当に戦うわけじゃないから。東から矢を本隊に向けて射かけてやれば、俺達が東にいるって思ってくれるだろ?」

 「なるほど。本隊の目が東にいけば、私と秀も西に行きやすくなる。それに、南側の分隊も東に向かってくるだろうからな。」

 そう。南側の分隊が東にあがってきてくれば、俺達が西側から分隊の背後に回り込むのがさらにやりやすくなる。俺は適当なところで西に向かえばいい。

 「そういうことだ。さて、ここらで分かれるか。」

 俺は足を止めた。光輪も寸分遅れず足を止める。

 そのタイミングがあんまり合っていたので、俺は少しおかしくなった。

 「どうした?」

 小さく笑った俺にめざとく気づいて、光輪が声をかけてくる。

 「いや、俺達って結構いいコンビかもって思ってさ。」

 俺は冗談めかして肩をすくめてみせる。
 しかし、これは俺の本当の気持ちだ。

 光輪と・・・征士と一緒だと、俺は呼吸をするのが少し楽になる。
 それは周囲に理解されないことに慣れ、息を詰めて暮らしていた俺にとってそれはすごいことなのだ。

 征士はわずかに目を見開いた後、口元に笑みを浮かべた。

 「当然だ。」

 その笑顔は自信に満ちあふれていて、それでいてとても綺麗だった。

 その笑顔に励まされて、俺はほんの少しだけ勇気をだしてみることにした。

 「なあ、おまじないしようぜ。」

 俺は速まる鼓動を押し隠して、努めて軽い調子で言った。

 今回の策は、征士が秀を見つけるのが遅れても、俺が逃げ遅れても成り立たない。
 いつもそうだけれど、俺は相対的に成功可能性の高い策をたてるだけで、その可能性は絶対的なものではない。

 俺も征士も、いつ死んだっておかしくない。
 もしかしたら、これが最後のチャンスかもしれない。

 「・・・・・・・?」

 案の定、征士は首をかしげる。
 そりゃそうだ。超現実主義の俺が、こんなこと言い出したんだから。

 「また、ちゃんと俺達が会えますようにっておまじない。」

 「・・・・・・なるほど。で、どうするのだ?」

 どうやら征士は、俺の申し出につき合ってくれるようだ。
 ただ、そのおまじないの内容を言えば、良くて一笑にふされるか、悪ければ斬り殺されかねないので、俺は得意のポーカーフェイスで続ける。

 「ん。もうちょい、こっちへ。」

 俺は征士を招き寄せる。
 征士は何の疑いもなく、俺に近寄ってきた。
 俺も一歩踏み出す。二人の間の距離がぐっと近寄った。

 そこで、俺は隠し玉をだしてやる。

 「・・・・・・・!」

 俺の隠し玉を見た瞬間、征士が固まった。

 そして、その隙を逃さず俺は征士の唇にキスした。
 一瞬だけ触れた征士の唇は、引き締まったその見た目よりずっと柔らかかった。

 「じゃ、死ぬなよ。」

 俺はさらに固まった征士からすっと離れると、背中を向けて走り出した。
 その背中に慌てたような征士の声がかかった。

 「お前もな!」

 どうやら、征士は怒っていないようだった。
 そして、さらに何か言っていたが俺にはよく聞こえなかった。

 振り返って聞き返そうかとも思ったが、たぶん今の俺の顔ったら見られたもんじゃないからやめた。


 だってさ、智将天空とあろうものが、真っ赤な顔でにやけてるなんて、ざまぁねえだろ?

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